いまじん亭 しいま

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zoom RSS ワシントンと桜の木

<<   作成日時 : 2005/06/25 10:52   >>

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子供の頃読んだワシントン大統領の伝記の中で、ワシントンが悪戯で父親が大切にしていた桜の木を切り、ワシントンは悪い事をしたと思い正直に父親に告白したら父親は彼を罰しなかったという内容だったと記憶しています。
その内容について、私の父親は小学生の私に向かいこう言いました。
「ウチの教育方針としては、正直に悪事を告白したとしても、罪には罰を与える。」
今思うに、正論と言えば正論です。

5歳の頃、理不尽な体罰を何度も受けた恐怖が蘇えりました。
その頃の父は転職をし、不満・不安・焦りが溜まっていたのでしょう。
仮職員としての一年間、佐賀県の武雄市で過ごしました。
その一年間に何度往復ビンタをくらったことでしょう。
忘れもしない出来事があります。
毎週楽しみに楽しみに観ていた“スーパージェッター”が始まる前に、姉とじゃれて、はずみで応接セットのソファーを倒してしまいました。その応接セットは新しい会社からの支給品でした。
母親は罰として“スーパージェッター”を見せてくれませんでした。
丁度帰宅した父親が、“スーパージェッター”を観ていないのに気が付き、理由を姉に訊きました。
はしゃいで、暴れて倒しちゃたから罰として見せないの。
聞いた瞬間、大枚叩いて買ったテレビが倒されたと思い込んだ父親は、激昂し、いきなり往復ビンタを何発も私に浴びせました。最後は馬乗り状態で殴られました。
母親は止めようとしたのかどうかは、目を開けることが出来ないくらいの連打を受けていたのでわかりません。ソファーが倒れたくらいでここまで殴られるの?その当時父親もまだ32歳、今思えばわからなくも無い事なのですが。

父親の正論に、卑怯者の私は、結果としての罰が同じならバレない方がいいと、益々卑怯者への道を歩み始めました。いつの間にか体力的にも父親を越し、私の至らない所に、父親の叱責は私ではなく母親へ向けられました。卑怯者家族の始まりです。父親にバレなければそれで一家は平穏なのです。母親は私の不良行為を知っても、父親に報告する事はありませんでした。そんな中、姉は一人卓越していました。殴られる心配もなかったというのも理由の一つでしょう。出来ちゃった婚で入籍した両親は、姉の本当の出生日の一週間後に婚姻届を出し、翌日に姉の出生届を出した後ろめたさか、姉には寛容でした。

正論と歪んだ家族、そんな中で私の人格は形成されて行きました。勧善懲悪、他人からの評価・制裁ではなく、善と悪、その判断をするのは自分自身の良心なんだと学びました。

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